
データ活用が進むなか、メディアには従来の評価軸にとどまらない、多角的な価値の示し方と経営モデルの見直しが求められています。
後編では、前編「『サブスクは追加の売上施策ではない。』外部環境に振り回されにくい収益基盤を作る 『サブスク導入』の思想」で整理した「事業としての収益設計」を受け、データ分析によって「読者の顔」を見つめ直し、コンテンツの強みを最大限に引き出す実践的なアプローチを解説。さらに、ビジネスモデルを大きく転換させた海外の先進事例や、メディアを「束(グループ)」にする経営戦略を通じて、目先のトレンドに振り回されにくい事業軸のつくり方を探ります。
時代が変化しても変わらない「歴史と原点」に立ち返り、自社の存在意義を再構築する『ドメインシフト』を実行するには、どのような思考と決断が必要なのか——。変化の激しい市場環境で社会から求められ続け、大きく成長していくためのヒントを、弊社代表の立石が詳しく伺いました。
■坊田様プロフィール
スポーツ新聞の編集部門で紙面編集に携わった後、デジタル部門では広告、編集、新規事業など幅広い領域を統括し、サブスクリプションの立ち上げにも関わる。現在は知育系サイトの運営に取り組みながら、メディアの事業運営やデジタル活用に関する相談にも応じている。

データはメディアの「何」を明らかにするのか?
ここ数年、プライバシー保護への要請の高まりや、ブラウザ、OSの仕様変更によって、メディアを取り巻くデータ環境は変化してきました。そうした流れが続くなか、メディア業界では「PVの量」だけでなく、読者の質やエンゲージメントをどう捉えるかが、より重要になっています。単なるアクセス解析を超えた「データ活用の現在地」と、その本質について伺いました。
立石:プライバシー規制の強化が進むと同時に、PVを中心とした評価だけでなく読者が記事にどう接触しているか、その質にも改めて注目が集まっており、さらなる価値向上を目指すモデルへの進化が求められていると感じています。前編でも「読者理解」や「定性・定量の両面」のお話がありましたが、 実際にデータを活用して新たな経営指標(KPI)を構築しようとする際、メディアはまずどのような構造変化に直面しているのでしょうか。
坊田様:2018年前後から、GDPRの適用開始やSafariのITP強化などを背景に、プライバシー保護の強化とサードパーティーデータへの依存を減らす流れが強まりました。その後、Chromeのサードパーティークッキー廃止方針は見直されましたが、広告・メディア業界にとって、読者データや収益構造をどう組み立て直すかという課題自体は残っていると感じています。

「読者の顔」を見つめ直し、コンテンツ力にデータを掛け合わせる
立石:長年培われてきた定性的なコンテンツ制作力は、メディアにとって不変の価値だと感じます。その強みに「データ」という新たな軸が掛け合わさることで、現場にはどのような前向きな化学反応や発展が期待できるとお考えですか。
坊田様:経営指標について言うと、従来の流通モデルとデジタルの指標は大きく異なります。これまでは読者の詳細データを外部の流通ネットワークがカバーしていた構造もあり、情報発信する側としては、実際にどういう方々が読んでいるのかをリアルタイムに可視化しづらい環境にありました。そのため、データで捉えるというよりは、「こういった層に響くだろう」という定性的なイメージをもとに、強いメッセージ性を持ったプロダクトアウト的なものづくりが行われてきた側面があります。一方で、現在のデジタル空間やポータルサイト等への展開においては、市場の反響や読者のリアクションをより意識したマーケットイン的なアプローチも重視されています。ここには思考プロセスの違いがあり、コンテンツそのものの魅力で勝負してきた現場ほど、データを活用して記事を最適化していく手法になじむまで、少し時間が必要だったのだと思います。ただ、だからこそ、長年培った高いコンテンツ力にデータが掛け合わさった時の伸び代は非常に大きいと感じています。
立石:長年培ってきたコンテンツの力にデータが掛け合わさることで、メディアの真の強みが引き出されるわけですね。では、PVなどの量的な指標に加え、「滞在時間」や「読了率」といった深いエンゲージメント指標もあわせて活用していくことで、具体的にどのような「施策の再現性」が生み出せるのでしょうか。
坊田様:一般的なアクセス解析ツールによる分析に加え、メディアのファン獲得に特化したデータプラットフォームを活用する最大のメリットは、滞在時間や読了率を元にユーザーを細かくセグメント化し、自動的にレコメンドや施策を展開できる点にあります。例えば、有料会員になったユーザーが、有料会員になる前にどのような行動を取っていたかをプロペンシティスコア(傾向スコア)などで分析することで、有料化の可能性が比較的高い無料ユーザー群を見つけ、より適切なタイミングや内容で働きかけるという「再現性を持った施策」が可能になります。担当者が経験や勘によって判断していた部分を、データによって検証し、再現しやすくできる点に強みがあると思います。こうしたツールの根底には、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)としての機能が大前提としてあり、データを分析して「読者の顔を見ながら」サブスクやファン作りに繋げるという設計になっています。
立石:非常に実践的なアプローチですね。一方で、データを本格的に活用していくうえで、経営層や現場が意識すべきポイントや、また従来から採用される指標との共存についてはいかがでしょうか。
坊田様:個々の指標を改善するための検証は大切です。ただ、数値を追うこと自体が目的になると、現場では意図せず部分的な改善に偏り、メディア全体が目指す方向を見失うことがあります。データをもとに個々の施策をきめ細かく改善する一方で、訪問者を増やし、認知を広げるなど、メディア事業そのものの規模を拡大する取り組みにも目を向けなければなりません。両者のバランスを全体の目的に照らして見極めることが、経営層に求められる判断だと感じています。
データで「読者の顔」を見つめ直し、施策の再現性を高めていく。では、そのデータ駆動の戦略を、実際の「編集現場」に落とし込み、チームを巻き込んでいくにはどうすればよいのでしょうか。
「ポートフォリオ思考」で読者ターゲットを切り分ける
立石:コンテンツのポートフォリオを組むとは、具体的にどのようなアプローチなのでしょうか。
坊田様:例えば「高校野球」を扱うとしても、現役球児、保護者、指導者、OB、ライトなファン、熱心なファンなど、読み手によって心を動かされるポイントは違います。 そこで、こうした読者層をポートフォリオとして整理し、どの層にどのような切り口が届きやすいかを、反応データで確かめていく。その結果を次の企画や届け方に反映し、継続的に利用してもらうところまで設計する。こうした積み重ねが、LTV(ライフタイムバリュー)の向上にもつながります。
編集側は、これまでも読み手を思い浮かべながら企画を立て、原稿を作ってきました。そこにデータを重ねることで、経験を通じて捉えてきた読者像を、より具体的に確かめ、チーム内で共有しやすくなります。その意味では、従来の編集の考え方を置き換えるのではなく、これまで培ってきた編集の力をさらに生かすための方法として、取り組む意義を共有しやすいと思います。
ただし、読者を分け、反応を測ること自体が目的ではありません。「そもそも何のために自分たちは発信しているのか」というメディアの存在意義があってこそ、こうした手法が生きます。ポートフォリオは、編集の力をさらに引き出すための手段です。最初から大きな変化を求めるのではなく、小さな成果を一つずつ確かめながら、編集チーム全体に取り組みを広げていくことが大切だと思います。
「原点と大義」——長く続いたメディアだからこその強み

立石:手法(道具)を機能させるためにも、根本となる「メディアの存在意義」に立ち返ることが重要ということですね。このアイデンティティは、どのように再定義・発掘していけばよいのでしょうか。
坊田様:サブスクやファンコミュニティを立ち上げる際に、メディアが掲げるべき「大義」や「理想の姿」としてよくお話しする事例があります。例えばニューヨーク・タイムズは、自社の写真アーカイブから、過去には紙面に掲載されなかったアフリカ系アメリカ人の歴史を伝える写真を掘り起こし、現代の読者に提示しました。過去に記録された出来事が、現在の社会や問題とどうつながっているのかを理解する材料として、アーカイブを生かした例です。これは、長年にわたって記録を蓄積してきたメディアならではの強みです。
ただ、出発点に立ち返ることは、歴史あるメディアだけの話ではありません。歴史の長さにかかわらず、メディアには立ち上げた理由があります。誰に何を届け、読者にどのような理解や判断、発見や楽しさをもたらしたいのか。そこを確かめることが、自分たちが守るべきものと、時代に合わせて変えるべきものを判断する基準になると思います。
こうした原点を編集現場と共有したうえで、先ほどのポートフォリオのような具体的な手法を使うことが大切です。目的だけを語っても現場の仕事にはつながりませんし、手法だけを導入しても判断の軸が定まりません。何を目指すのかと、どう実行するのかを結び付けて進める必要があります。
5年後、社会から求められ続けるメディアの姿とは?

激変の時代において持続的に発展し、社会から本当に必要とされ続けるメディアとは、どのような姿なのでしょうか。海外の先進的なビジネスモデルの転換事例を紐解きながら、その共通項を探りました。
立石:現代のメディアにおいて、保有するコンテンツ資産の定量的な評価に加え、デバイスを跨いだ多角的な価値創出が求められる中で、あらためて「5年後、10年後にも市場で成長し続けるメディア」の姿はどのようなものであると捉えられておりますか?これまでのご経験から、国内外問わず好事例があればぜひお聞かせください。
坊田様:5年後、10年後を見据えたときに、さらなる成長のヒントとなる面白い事例が海外にいくつかあります。例えば、「ハリー・ポッター」シリーズの米国版出版社としても知られる米国の児童書出版社スコラスティックは、アニメや映像制作を手がける会社を買収したことで、自社が持つ児童書のコンテンツ資産(IP)を動画配信やライセンス展開へ広げています。また、学術書や論文を扱うワイリーは、学術コンテンツをAIモデルの学習に提供するライセンス事業を展開しています。これとは別に、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)とは論文の全文検索、AI企業アンソロピックとは研究者が対話型AI上で学術情報を利用できる仕組みづくりを進めています。これは、インターネット上で誰もが自由に読めるわけではない質の高い論文や学術情報を、出版物や学術データベースとして提供するだけでなく、AIの学習や研究支援にも生かしている例です。これらの事例から見えてくるのは、目先のトレンドを追うだけではなく、自社が長年蓄積してきたコンテンツや知識を捉え直し、次の事業につなげている点です。これからのメディア経営では、自分たちは何を持ち、誰にどのような価値を届ける会社なのかを見極めた上で、次の戦略を選ぶことが重要だと感じます。
メディアを「束(グループ)」にする経営戦略
立石: これまでのお話を通じて、目先のトレンドを追うだけではなく、自社の存在意義(アイデンティティ)を再定義することこそが、持続的な発展の鍵になるということをあらためて感じております。そうした事業軸を固めた上で、さらなる成長を描くための経営・資本戦略として、複数の企業が提携やネットワークを組み、お互いの資源や強みを共有し複数のメディアを「束(グループ)にして相乗効果を出す」いわゆるメディアアライアンス的なアプローチも増えています。この有効性については、どのようにお考えですか。
坊田様: 趣味性の高い領域や特定の専門分野に特化したバーティカルメディアは、読者層が明確で関心も強いため、タイアップ案件や広告企画を組み立てやすいという強みがあります。こうした収益基盤を持っていることは、メディア事業において大きな武器です。
一方で、歴史やブランドのある専門メディアであっても、一社だけで持てる読者接点や事業資源には限界があります。そこで、それぞれのメディアが持つブランド、コンテンツ、読者層、販売力を持ち寄り、複数のメディアを「束」として運営する発想が有効になります。互いの強みを生かしながら、単体では届かなかった読者や広告主との接点を増やせるからです。
その意味で、立石さんがおっしゃるメディアアライアンス的なアプローチは、有効だと考えます。さらに視野を広げれば、連携先はメディア同士に限りません。読者の一日は、仕事、移動、家事、買い物、娯楽など、さまざまな時間で構成されています。異なる業種の事業者とも連携しながら、その生活のなかで、どの場面に価値を届けられるかを考える必要があります。
こうした接点を広げる方法として、業務提携や事業連携があり、場合によってはM&Aもある。重要なのは、媒体の数を増やすこと自体ではありません。それぞれの強みや読者層を丁寧に組み合わせ、読者の24時間のなかで、自社が代替されにくい接点をどれだけ持てるかだと思います。
立石:互いの強みを生かし、さらなる価値を生み出す考え方ですね。その選択肢の一つとして、メディアの統合(M&A)があります。M&Aを成功させ、確かな相乗効果を生み出すために、最も重要なことは何でしょうか。
坊田様: その成否を分けるのは、買収そのものよりも、その後の統合、いわゆるPMIだと思います。メディアの場合、組織や仕組みをそろえすぎると、媒体ごとの編集方針や読者との距離感まで失われかねません。共通化した方がよいものはまとめる一方で、それぞれの媒体が読者から選ばれてきた理由は残す。何を一つにし、何を残すのかを丁寧に見極めることが、相乗効果を生み出すうえで重要だと思います。
未来に向けた自社の存在意義を問い直す

立石: 最後に、メディア業界が次のステップへ進化していくにあたり、直面しているテーマについて率直に伺わせてください。
坊田様: 多くのメディアが直面しているテーマの一つに、「量的なアクセス数(PV)の評価と、時間をかけて徹底的に取材した記事の深い価値を、どう両立して届けていくか」という課題があります。例えば、広告主やパートナー企業から「クオリティが高いメディアと組みたい」という非常にありがたいお話をいただくことがあっても、「では、競合メディアとの『クオリティの違いや強み』を、客観的な指標で市場に対してどう明確に証明していくか」と問われると、業界全体としてまだ統一された物差し(指標)を模索している最中なのが実情です。コンテンツの価値やこだわりを自社の中だけに留めず、市場に対してそれを客観的に提示できる新たな共通指標をつくっていくことが、今後のメディアの価値向上に向けた大きな鍵になります。
立石: そうした課題に向き合いながら、メディアが次の時代へ進むためには、どのような姿勢や決断が求められるのでしょうか。
坊田様:日々の運用や目の前の成果に追われるほど、自分たちは何の会社なのかという問いが後回しになりがちです。けれど、本当に問うべきなのは、新しいツールや施策を足すことではなく、自社が持っている歴史、編集力、アーカイブ、読者接点を、誰のどの時間や場面に届ける会社なのかという事業定義そのものです。仕事の判断材料として必要とされるのか、趣味の熱量を支えるのか、日々の楽しみや気分転換になるのか、あるいは社会を理解するための視点を提供するのか。記事を配信する会社なのか、信頼できる知識資産を蓄積し、編集し、必要な場面で使える形にして届ける会社なのか。そこを再定義しないまま、AIやサブスクや動画を足しても、施策がバラバラになりやすい。だからこそ、まず自分たちは何者で、誰のどの時間に、どの価値を担うのかを徹底的に話し合う必要があると思います。私は、こうした覚悟を伴う事業ドメインの再定義を、メディアに必要な「ドメインシフト」だと捉えています。
目の前の成果に向き合いながら、自社の存在意義をどう再定義するか。変革期において次の成長を目指すすべてのメディアへの前向きなメッセージでもあります。
AE編集部
サブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を運営する、株式会社エンハンスの専門チーム。国内外のメディアビジネスに精通したメンバーが、メディア運営に役立つ「生きたインサイト」を日々研究・発信しています。