コラム

メディアのサブスク成功事例|Denník Nに学ぶ価格・申込導線・編集KPIの3つの鍵

AE編集部

サブスクリプションを始めたものの、思うように収益が伸びない。その原因を「読者が集まらないこと」に求めていないでしょうか。スロバキアの独立系メディア「Denník N(デンニーク・エヌ)」の共同創業者は、多くのメディアが購読者数ばかりを気にして、価格をほとんど考えていないと指摘します。

同社は2014年に創業し、2018年から黒字を維持。現在は収益の約7割を購読が占め、国内最大の編集部を抱えるまでに成長しました。

本記事では、国際ニュースメディア協会(INMA)のウェビナーで同社の共同創業者が語った内容をもとに、「価格とプランの設計」「申し込みの摩擦削減」「購読転換による品質の定義」という3つの鍵を整理し、日本の自社メディアでも応用できるアプローチとしてまとめました。

Denník Nとは?収益の7割を購読が支える独立系メディア

Denník Nは、2014年に創業したスロバキアのニュースメディアです。出発点は、勤めていた新聞社がオリガルヒ(新興財閥)に買収されたことを受けてジャーナリストたちが職場を離れ、約40人で新たなメディアを立ち上げたことにありました。

そこから12年で、同社は110人を超える記者を擁する国内最大の編集部へと成長しています。2018年には黒字化を達成し、以降は収益性を維持。株式の80%を従業員自身が保有しているという、独立性を重視した所有構造も特徴です。

事業拡大についても、共同創業者は壮大な計画を持っているわけではなく、機会があれば動くという姿勢だと語っています。実際、ベルギーの英語メディア「EUobserver」については、当初は技術面と購読まわりの支援を相談されただけでしたが、6週間の協議を経て会社ごと引き受けることになったといいます。

2カラムのシンプルなサイトが「必要」から「戦略」に変わるまで

同社のトップページは、いまどきのニュースサイトとしては異例なほど簡素です。左側に有料の長文記事、右側に分刻みの速報を流す無料のライブブログという2カラム構成で、動画も大きなビジュアル要素もありません。

この形は当初から狙ったものではなく、リソースが限られていたための「必要」から始まったといいます。しかしサイトの成長にあわせて要素を足し、より複雑なデザインを何度も試すなかで、テストのたびに、シンプルで見慣れた構成のほうが読者に好まれるという結果が出ました。結果として、必要から生まれた形が戦略になったわけです。

共同創業者が強調するのは、シンプルであること自体ではありません。サイト上のデータを正直に、厳密に見れば見るほど、シンプルな構成の強さが分かるという点です。デザインの正解を感覚ではなく計測で決める。この姿勢が、次に見ていく3つの鍵にも一貫して表れています。

購読収益を伸ばした3つの鍵

Denník Nの成果は、良い記事を書いたから、という一点で説明できるものではありません。価格とプランの設計申し込みの摩擦削減購読転換による品質の定義という3つが噛み合ったことで、購読が事業の柱として成立しています。

3つに共通しているのは、価格も導線も編集指標も固定せず、テストとデータをもとに見直し続けていることです。「いくらで売るか」「どうすれば申し込みやすいか」「何をもって良い記事とみなすか」を、検証を重ねながら一つずつ決めていった結果と言えます。自社の状況に置き換えながら読んでみてください。

1.「何人集めるか」と同じ重みで「いくら取るか」を考える

同社の共同創業者が、購読事業で最も重要だと語るのが価格です。多くの発行者は購読者数に意識の95%を割き、価格には5%しか使っていない。本来は50対50であるべきだという指摘です。

価格設定でよくある誤りとして挙げられたのが、「平均的な読者」を基準にしてしまうことです。実際に購読するのは読者全体のごく一部にすぎません。平均的な読者は購読のターゲットではないと理解すれば、当初考えていたよりもかなり高い価格を設定すべきだと気づく、というわけです。

この発想を裏づけるのが、ローンチ時のテストです。同社は5ユーロと9ユーロの2つのプランを用意しましたが、両者に特典の違いはありませんでした。それでも高いほうを選ぶ読者が相当数いたといいます。中身が同じでも、選択肢が複数あるだけで収益は増えるということです。

価格・プラン設計で参考になる3つの工夫

  • 請求サイクルを「毎月」から「4週ごと」に変える
    共同創業者によれば、この変更によって収益には約3%の差が生まれた一方、テストではコンバージョン率への悪影響は確認されませんでした。読者側の感覚もほぼ変わらず、技術的にも扱いやすいといいます。
  • 属性別の割引を公開する
    学生、教職員、年金受給者、障がいのある読者に向けた割引を明示しています。ブランドを毀損することはなく、不正利用もほぼ発生していないとのこと。読者が「公正で、この媒体らしい」と受け止めているためだと説明されています。
  • 上位プランの価値を「特典の数」ではなく体験でつくる
    プレミアム層で最も人気のある機能は、有料記事を知人に開放できる「アンロック」でした。開放された記事を読む側はメールアドレスの入力が必要になるため、購読者本人の満足度と新規リード獲得が同時に成立します。政党が自党に関する記事のアンロックリンクを内部で共有し、数千件規模の新規リードにつながった例も紹介されています。

日本の自社メディアに置き換えるなら、まず価格を「一度決めたら動かさないもの」として扱っていないかを確認するところからです。プラン数、請求サイクル、割引の設計は、いずれもコンテンツを増やさずに検証できる領域です。

2. 申し込みの摩擦を極限まで減らす

2つ目は、申し込み画面の設計です。同社は現在、mini、standard、Club Nという3つのプランを用意し、獲得チャネルごとに複数のランディングページを使い分けています。価格モデリングのために外部のアナリストを起用しており、購読者の行動は驚くほど正確に予測できるといいます。

そのうえで徹底されているのが、求める情報を最小限にするという方針です。同社のチェックアウトで必要なのはメールアドレスのみ。パスワードの設定も、年齢や職業といった属性の入力も求めません。収益の7割を購読が占める以上、申し込みを速く簡単にすることが最優先だという判断です。

興味深いのは、都度払い(一回払い)を残し続けている点です。同社は12年にわたってこの選択肢をなくそうと試みてきましたが、外すたびに成績が落ちるため実現できていません。背景にあるのは、継続課金そのものに抵抗を感じる読者が一定数いるという地域的な消費習慣です。

都度払いは、チャーン率(離脱率)の数字を押し上げます。4週間分を購入した後にいったん離れ、1週間後にまた購入する、といった読者が生まれるためです。しかし共同創業者は、そうした買い方を10年続けている読者もいると述べています。チャーン率だけを見て、読者にとって快適な選択肢を切り捨てていないか。これは日本のメディアにも当てはまる問いではないでしょうか。

3.「品質」を購読転換で定義し直す

3つ目は、編集の評価軸です。同社では記事の品質を、共同創業者の言葉を借りれば「読者がお金を払いたいと思うもの」と捉えています。抽象的な理念ではなく、運用に組み込まれた仕組みとして機能している点が特徴です。

記者には毎朝、前日に最も購読につながった記事のリストが届きます。さらに週に一度、自分が書いた記事のうちどれが購読申込に転換し、どれが転換しなかったかを示す個別レポートが共有されます。同社が主要指標として置いているのは、クリック率でもPVでもなく購読転換です。

ここで重要なのは、この数字が処罰のためではなく、フィードバックとして使われていることです。共同創業者は、12年間で一人も解雇していないと述べています。データは採用、報道テーマの判断、賞与の設計に活かされます。よく転換しているのに報道量が足りていないテーマが見つかれば、そこに人を増やす。逆に振るわないテーマは、扱い方を見直す。

同社は年に一度、記事の本数と転換数を対比させたチャートを作り、カバレッジの空白を洗い出しているといいます。ウクライナ情勢についても、戦争関連コンテンツ全般への関心が落ちるなかで、日次の軍事分析コラムは強く転換し続けているという具体例が挙げられました。

もちろん、あらゆる指標には意図しない副作用が伴います。それでも、データをまったく渡さないほうが悪いというのが同社の立場です。フィードバックがなければ、記者は読者が本当に何を求めているかを考える機会を持てないからです。大切なのは、指標を行動に変えられる形にすること。とりわけ、安定して成果を出すフォーマットを特定することだと語られています。

日本の自社メディアで実践しやすい導入ステップ

Denník Nの手法をそのまま導入するのは現実的ではありませんが、考え方は小さく分解できます。ここからは、少人数で運営するオウンドメディアや専門メディアでも取り組める流れとして、当編集部の視点で整理します。

1つ目のステップは、購読者数だけでなく、価格も定期的な検証対象にすることです。プラン数、請求サイクル、割引条件を棚卸しし、それぞれ最後に見直したのがいつかを確認します。

2つ目は、申し込み画面の入力項目を数えることです。いま何項目を求めているか、そのうち申し込み時点で本当に必要なものはどれかを洗い出します。必要な属性情報は、申し込み後の任意アンケートなど、別のタイミングで取得する方法もあります。

3つ目は、記事別の申込転換を編集に共有することです。毎朝でなくても構いません。週次のレポートに1列足すだけでも、編集会議の議論は変わります。

まず整えるべき基盤とKPIの決め方

基盤として最低限そろえたいのは、①どの記事から申し込まれたかを追える仕組み、②プランと請求サイクルを変更できる課金環境、③申込・解約の履歴の3つです。特に1つ目がないと、3番目の鍵は実行できません。

記事別の転換計測は、利用中のアクセス解析環境も含めて方法を設計します。課金と購読管理については、プランや請求タイミングの設定変更、購読履歴の参照、プラン変更の受付をどこまで扱えるかを基準に基盤を選ぶとよいでしょう。

そのうえで、目的に応じてKPIを絞り込みます。最初から多くの指標を追うより、少数に集中したほうが運用は回ります。

目的優先して追うKPIの例
価格とプランを見直すプラン別の申込構成比、購読者あたり単価(ARPU)
申し込みの摩擦を減らす申込フォームの離脱率、完了までのステップ数
継続してもらう3か月・6か月時点の継続率、解約理由の分類
編集の手応えを測る記事別の申込転換数、テーマ別の転換率

ポイントは、チャーン率を単独で判断材料にしないことです。Denník Nの都度払いの例が示すように、チャーン率が高い施策が事業全体にとって不利とは限りません。単価や再購入まで含めて評価する必要があります。

小さく試して学ぶための施策アイデア

いきなり価格体系を作り直さなくても、検証はできます。まず試しやすいのは、提供価値を大きく変えずに複数の価格帯を提示し、読者の反応を見ることです。上位の価格帯も一定数選ばれるなら、読者の支払意思に幅があることを把握する材料になります。

次に、申込フォームの入力項目を削るテストです。メールアドレスと決済情報以外の項目を外し、完了率がどう変わるかを比較します。

そのうえで、記事別の申込転換を週次で編集に共有する運用を始めます。最初は上位10本のリストだけで十分です。どのテーマが支持されているかが見えると、企画の議論が具体的になります。数字を処罰の材料にするのではなく、改善のためのフィードバックとして扱う方針も、あわせて共有しておくとよいでしょう。

まとめ:読者数だけでなく、価格・申し込み・編集指標を見直す

Denník Nの事例が示しているのは、購読事業の伸び悩みが必ずしも読者数の問題ではないということです。いくらで売るか、どれだけ簡単に申し込めるか、何を良い記事とみなすか。この3つを見直すことで、読者数を増やす以外にも収益改善の余地が見えてきます。

いずれも、記事本数を増やさずに検証できる領域です。特に価格は、多くのメディアで最も手つかずのまま残されている一方、収益への影響が最も直接的な変数でもあります。

まずは、自社の申込画面を開いて入力項目を数え、現在のプラン構成をいつ決めたのか思い出すところから始めてみてはいかがでしょうか。大がかりなシステム投資の前に、設計を見直すことが、購読モデルを育てる重要な第一歩になります。

参考・引用元

INMA「Inside Denník N’s successful subscription strategy」
https://www.inma.org/blogs/reader-revenue/post.cfm/inside-dennik-n-s-successful-subscription-strategy

 

AE編集部

サブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を運営する、株式会社エンハンスの専門チーム。国内外のメディアビジネスに精通したメンバーが、メディア運営に役立つ「生きたインサイト」を日々研究・発信しています。